懐かしいホストマザー   

NYに来た当初は学校が紹介するホストマザーのお宅にお世話になっていました。
日本に手紙が届いたときは料理好きのホストマザーという響きがとても魅力的で
夢と希望を胸ふくらませてNYへと飛んできました。

クィーンズに住む、リタイアーした60歳代のジューイッシュの白人女性と
食費と部屋代を払ってルームシェアーを体験したわけです。
一軒家というのではなくアパートの一室、彼女の寝室を借りていた。
学校から帰ってくると「今日はどうだった?」と話相手をしてくれた。
日本の話や家族の話で初めは楽しかった。
と同時に説明することの難しさにいつもイライラしていた。
彼女自身の英語にもアクセント訛りがあって聞き取りにくいのに
機関銃のように喋るので理解するよりも想像するほうのが多かった。
適当に返事してごめんなさい。よく会話が成立してたよねと思う。
分からない事は分かるまで聞かないと駄目なのに。
「日本人は大人しいから好きよ」と当時は誉められていたのだと勘違いしていた。
自己主張のない私を実はバカにしていたんだ。
どうも金離れのいい、大人しい日本人が好きだったみたい。
今思えば知らないって事はいいカモにされていたのかも。(笑)

食事は朝夕出されたものを文句も言わず食べていた。
アメリカの料理なんて正直食べれたものではない。
ジャンクフードそのもの。全て甘い。味が濃い。
ある日、外食をしようと言ってきた。わーいと喜んだのもつかの間。
もちろん彼女が払ってくれると思っていた所、半分出しなさいと言われた。
食事代を払っているのにと、ちょっと腹が立ち険悪ムードになった。
が、彼女の生活ぶりから見て裕福な方でないのもよく分かったし、
なんせ驚いたことに、息子がドイツ人相手にグリーンカードのサポーターになることでお金をせしめているのを知った。これは違法行為ですよ。
こんなお宅の事情を考慮して波風立てるのをやめた。

そんな彼女との暮らしもわずか2ヶ月だった。11月と12月。
クリスマスも綺麗に飾り付けられた親戚のお宅で楽しく過ごさせてもらえた。
全然知らない人たちに混じってお人形のように座っていた。
大きなクリスマスツリーと飾りたちとお料理。
ミルクセーキの味が気持ち悪くて忘れられない。
子供の頃にちょっと味見した卵酒のような味。おえ~
息子が私にくれたプレゼントが「グミ」だった。
ドイツのお菓子よと嘘までついて。英語くらい読めるのに・・・
仕方がないのでまんまと騙されていました。
私は彼女に室内履きの靴下をあげた。
「以前のルームメイトはミュージカルに連れて行ってくれたわ」と言っていたが
$100以上するのに・・・無視して聞こえなかった振りをした。(爆)

彼女の性格は今思えば普通なんでしょうね。でも・・・・
私は近所から嫌われているのかと思うほど怖い体験をする羽目になりました。
日本人留学生を受け入れてお金を儲けているという彼女へのねたみ?
私は入ろうにも、玄関のブザーがセメントで固められていたり
彼女の部屋のドアに真っ黒なペンキで塗られていたり
エレベーターの中の落書きと・・それは嫌がらせがいっぱいでした。
一時は電話も不通になり外からかけられなかったこともあった。
電車も各駅停車が快速に変わり、知らない駅から引き返すのも
ドキドキしていた時期の私にはとても怖かった。

今思えば小さな事が当初の私には凄く大きな事件だった。
どれもこれも懐かしい昔。
ドリス、どうしてるかな~
[PR]

by martini_glass | 2005-09-15 10:20 | ニューヨーカーである事

<< 金の亡者? アメリカの貧困事情とニュース >>