「ウチとソト」   

今日は日本人の「ウチとソト」についてです。

外国人(欧米)に対して身内を謙遜をするのはやめようと思ったことがありました。
それは、以前に義妹のうちに遊びに行ったときのこと、
一番下の男の子3歳のマーヴィンが、一人大人と同様にお皿に料理をもってもらい、大人しく座って食べていました。
そこで私は「マーヴィンはとてもお行儀がいいわね。普通子供って、すぐ違う事に気がそれて遊びだしたり、騒ぎ出したり落ち着きがないから、親は自分の食事もまともに出来ず子供にかかりっきりなのに・・・」
すると義妹は「それはよくないわ。甘やかしているのよ」
それはそうだけど・・・・ちょっとした不快感が湧いたのでした。

日本には身内を謙遜することで相手を立てる、日本独特の話法がある。
そして、相手がそれを否定してくれるのが当然だとういうシナリオが出来ている。
外国人との会話ではその流れになっていないのに、しばらくして気が付いたのでした。
外国人に対して、身内(この場合は日本人)を謙遜をするのをやめよう。
少なくとも「否定される事を前提に話す」事を止めようと思いました。
会話が気持ちよくない。

外国語としての日本語教育で習う「ウチとソトの概念」にたどり着きました。
対人関係における距離を表現する言葉で相対敬語というのがあります。
身近な所では会社とかで、
   ウチ(日常)では・・・課長がおっしゃっております。(尊敬語)
   ソト(来客)では・・・課長が申しております。(謙譲語)
これらは聞き手次第なので、聞き手の方が目上(社長とか)の場合は
   ウチ(日常)でも・・・課長が申しております。(謙譲語)が正しい。

友達に対しても、自分の家族について話すとき、これは明らかに、相手が(友達)がソトであり、話題にあげる家族がウチ。
親しい友達であろうとも、ソトの人と話しているときに、ウチの人間を誉めたりする事はあまりない。しかしながら、ソトの人はそれをふまえた上で、たとえ相手が自分の身内をけなそうと、決して肯定することはない。特別なケースを除いて、身内を軽くけなすなどの行為は大抵本気ではないと分かっているから。

昔から気分が悪かったのは、
母親が法事とかで親戚の家に行くといきなり意地悪婆さんに変身するのでした。
「家の子は何にも躾がしてないんで連れて来ても間に合わへんわ。家で勉強でもしとったらええねんけどな、家におってもテレビ見とるだけやし、付いて来たわ。」
この場合、私はウチで、親戚の家の人達はソト。
今でこそ聞けますが、その当時は嫌な性格だと真剣に思い込んでいました。
子供ながらに、ムカ~って。

古くから、よその人に対する身内の謙遜を通り越した、身内に対して必要以上に厳しくするケース、これもやはり、身内を面と向かってけなしたり、冷たくあしらう事により、相手に対する敬意を表すという心理表現なのでしょうか?

最近感じる、「ウチとソト」では良くない方向に・・・・
「ウチの子には叱れるけど、よそ(ソト)の子は叱れない」法則が出来ていませんか?
昔の子?田舎の子?は近所の大人からどこに居ても見守られていました。
それが今の人、近所の子を叱れないでしょう。おかしいですよね。
あと、若者が「ウチの人には愛想良く、ソトの人にはぞんざい」であったり、態度が不愉快だと感じる事があります。

「ウチとソト」ってこれは、思いやりという点で素晴らしい習慣だと思うし、
これからも日本はこの文化の継続していって欲しいと思うんですけど・・・
しかし、必要以上の身内の謙遜については無くなって欲しいと願うしだいです。
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by martini_glass | 2006-12-15 02:31

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